Webdiver

波に乗れなきゃ潜るまで

Apr 24
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友達の、「松田龍平に似てる彼氏」に会うとただただ目つき悪い色白が出てくるし、「浅野忠信に似てる彼氏」に会うとただただ犯罪者みたいな人出てくる
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艦これをプレイしているのは日本人だけではない(台湾でイベントが開催されたりする)とかクリミアのやつも報道された絵は日本人が描いてないとかそういう事実を鑑みるに、完全に時流と現実が見えてない。
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「実力」以外のすべての能力は「虚力」であるはずで、「女子力」もまた、あまたある「虚力」のうちのひとつだと考えざるを得ない
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21世紀のわが国は、「虚力」への憧れが顕在化した社会になっている。
 このことは、言葉を換えて言えば、仕事の実力とは別の能力で世の中を楽に渡って行きたいと願う人間が増えているということだ。
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3位「何で彼女作らないの?」

2位「本当は彼女欲しいんだよね?」

1位「This video has been deleted.」
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こうして見ていくと、蘇我入鹿は悪逆非道どころか、極めて有能な天才政治家であり、落ち度があったのではなく、政界の主導権争いに、暗殺という悲劇的な形で敗れたに過ぎないということになる。(そもそも入鹿という名自体が後世つけられた蔑称であり、本名は大郎鞍作(たろうくらづくり)である。)

 勝者が自己を正当化するために、敗者や前任者を誹謗することはよくある。歴史を学ぶ者は、そのことをよくわきまえた上で、フェアな視点を持たなくてはならない。

 乙巳の変の真相は今だに分からない。

 しかし、蘇我氏が欽明朝に採用した屯倉の管理方式や、推古朝における官司制の整備から見ても、彼らは国家体制強化へのビジョンを持っていたと言える。事実、改新政府も蘇我氏の政治的業績の全面否定といった政策はとっていない。
 少なくとも、「蘇我氏が改新政治の先駆的な政策を実行していたことは明らかであり、蝦夷・入鹿の死によって、全く新たな政策が「0」からスタートしたのではない」ことだけは確かである。

悲劇の天才-蘇我入鹿の再評価- (via tamejirou)

> 蘇我入鹿という名前は、中大兄皇子(後の天智天皇)と中臣鎌足(後の藤原鎌足)によって、これまでの名前を資料とともに消され、卑しい名前として彼らが勝手に名付けたものであるという説もある(門脇禎二ら説)が、これには反証が試みられている(加藤謙吉)。

蘇我入鹿 - Wikipedia

(via golorih)

(via atm09td)

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(Source: kojimmblr, via atm09td)

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(Source: glasslipids, via atm09td)

Apr 19
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(Source: tsu-sama, via k32ru)

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